今回ご紹介する本はこちら
冨安徳久氏の「ぼくが葬儀屋さんになった理由」
(講談社プラスアルファ文庫)


冨安徳久さんは名古屋の葬儀社、ティア(TEAR)の創業者・社長です。
最近マスコミの報道で冨安徳久さんやティアさんのことを
見かけられた方も多いと思います。
冨安徳久さんとティアさんに関しての情報は
Zaiさんのこちらのサイト(ティアイズム)がおすすめです。

葬儀屋さんの中にも彼のファンは多いと思います。
かくいう私も冨安社長の最初の本
日本でいちばん「ありがとう」といわれる葬儀社―名古屋発・ティア成功の秘密
を、発売後すぐに買い求め、冨安さんの講演を聴き
わざわざティアを訪問しに名古屋まで行ったくらいです。
(参照ページ:名古屋の葬儀社体験記 2/2

さて今回ご紹介するこの「ぼくが葬儀屋さんになった理由」ですが、
出版直後に立ち読みでぱらぱら読んで、「?」という感じで、
その後文庫化されたのを買ったものの、ずっとほったらかしでした。
で、ドラマ化されるという話を聞き、今回改めてちゃんと読んでみたところ

やっぱり「?」でした。

この「ぼくが葬儀屋さんになった理由」を読んで感動した読者のほとんどは、
この本の内容が事実だと思ったから感動したのだと思います。
前書き(4ページ目)には
「本書は実在の人物の生きざまを物語にしたノンフィクションノベルです」
「実話だからこそのエネルギーが潜んでいるためでしょうか」
と書かれていますし。

しかし私はこの本のエピソードにリアリティを感じることができないのです。

遺産のことでケンカを始めた遺族に向かって
「ふざけるなぁ!お父様の死を悲しむ前に、金が先かぁっ!」と叫ぶ冨安氏。
その直後頭を下げて冨安氏に葬儀の担当をお願いする遺族(128P)

警察や救急車の連絡先は知らないのに、
冨安氏が勤める葬儀社の電話番号はなぜか知ってる女の子(136P)

ヤクザの親分の値引きの脅しに負けずに葬儀屋のプライドを貫いた
という話が本当なら、そもそもこのエピソードの掲載許可が下りるはずがない
のでは。(146P)

いや、実は上記のような状況は、
10年以上勤めてきた葬儀屋さんなら経験することは十分ありえるのです。

他ならぬ私が経験しています。

拾骨後ではありますが兄弟ケンカに割って入ったこともありますし
身寄りが高校生の女の子しかいらっしゃらない
というお葬式も担当したことがありますし、
その筋の人の葬式で、式前から理不尽な値引きを迫られ、
「噛(か)んだら終わりだ」と思いながら、司会をしたこともあります。

そして同じような経験があるからこそ、
この「ぼくが葬儀屋さんになった理由」で描かれているデティールには
全くリアリティを感じません。

例えば藤田先輩のような「考えの持ち主」は実在すると思います。
この私がそうです。
多分冨安氏もそうでしょう。

でもその考えを日常会話で「外部にしゃべる人」は実在するでしょうか?

遺族に会った帰り、藤田先輩は車中で、冨安氏にこう言います。
「たぶん、一生忘れないよ。あの人たちは・・・・・・、僕を」 (P44)

うわっ、きもちわるっ。
(追記↑後で読み返すと気持ち悪いは、ちょっと言い方が
キツかったかなと)

なんで冨安氏は入ったばかりの大学を辞めてしまうほどの
「しびれるほどの感動を覚える」ことができたのでしょうか?
考えを自分の行動で示すのではなく
本当に口に出してしゃべっていたのだとしたらかなり陳腐な人だと思います。
(それからそんなに冨安氏が心酔していたなら
先輩の死を2年も経ってから初めて知るっていうのもどうかと・・・)

暴走族のリーダーが更生して葬儀会館の支配人になっていくくだりにいたって
ああ、この本は「本宮ひろし」漫画を目指しているのだ
と気づかされます。

いや、でももしかしたら、全て本当のことかもしれないじゃないか、
という方もいらっしゃるでしょう。

残念ながら、人に迷惑をかける可能性のある明らかなウソが書かれている部分を
発見しました。
(裏はすでに取りました)
それは・・・ここでは言わないほうが良いですよね、冨安さん。
葬儀業界はあなたが思っているより、せまいのですよ。

人によっては
「葬儀屋さんが世間に認めてもらうためのウソなら多少はいいじゃない」
という意見もあると思います。
でもその意見を認めてしまうと、巷(ちまた)に出回っている、
葬儀屋をおとしめるためにウソをついている本を認めなければならなくなります。
(参照ページ:「死体の経済学」ダメな本の書評

それに、正式なティアのIR(投資家向け広報)情報ではないとはいえ、
「ぼくが葬儀屋さんになった理由」を読んで
ティアに対する投資の判断材料にする人もいるわけですし。

確かに免罪符として最後のページ(268ページ目)に
「フィクション部分も含まれていることをお断りいたします」
と小さく書かれています。
しかし、そもそも人が亡くなった話にフィクションを交えてべらべら語るのは、
故人に対してデリカシーを欠くのではないでしょうか?
私はこのページ(会社説明会での出来事)に
書いたような考え方の人間ですので、違和感を持ちました。

このブログでも自分の体験した施行事例をまれに描くことはあります。
しかし匿名性のために「引く」ことはあっても「足す」ことはないです。

(私の一方的な思い込みではありますが)冨安氏のことを
純粋でまっすぐな人だと思っていた分、ちょっと残念でした。
(一方経営者はクレバーなくらいが良い、と考えている人にとっては、
逆に冨安氏の株は上がったと思います。)

もちろん今でも冨安氏のことは
優秀な葬儀屋さんであり、経営者であり、業界の語り部であると
思っています。
(この三つを兼ね備えている人は、おそらく彼ぐらいでしょう)

経営者としての冨安氏の言葉はリアルなので
今後はもっとそちら方面の本を出版されることを期待しております。

(追記)
Zaiさんのブログで適切なご意見を頂戴いたしましたので
ご紹介させていただきたいと思います。
考える葬儀屋さんのブログに言い訳してみる(笑)

また今回冨安氏の「ぼくが葬儀屋さんになった理由」の内容を批判していますが、
冨安氏とティアさんに関しては、
私自身は高い評価をしていることを再度お断りしておきます。

(さらに追記)
著者として本を出版した以上、
本の購入者に作品を論評されるのは当然予想されていると思います。
しかし一方で本職の物書きでない人にとって、
いろいろ論評されるのは厭なものだというのは私も十分理解しております。
この文章は別に著者を困らせることが目的ではありませんので、
要望が有れば希望箇所を削除するのはやぶさかではないことを、
お断りしておきます。

(さらに追記)
先日ブックオフで
「僕が葬儀屋さんになった理由」
の初版本(株式会社ホメオシスから出版)を見つけました。


比較してみると
後に出た講談社プラスアルファ文庫の方には
二カ所加筆が行われているようです。

一カ所は、私が記事中で取り上げた
「冨安氏が勤める葬儀社の電話番号はなぜか知ってる女の子」
の話。
この話は、アピール用でしょうか、
文庫版の帯にも書かれています。

もう一カ所は私が「明らかなウソ」と指摘した箇所です。

つまり・・・そういうことだと私は判断しました。


<2010年05月01日>記載