落語で、
双方の会話は問題なく続いているのに、お互いが全く別のものを想像している
っていう構造が笑いを生む咄(はなし)ってありますよね。

葬儀屋さんと御遺族との会話でも同じ状況が起こります。
この場合は笑いではなくトラブルを生んでしまうのですが・・・

想像

打合せの際、自分の頭の中にお葬式の光景を描きながら、説明する葬儀屋さんも
多いと思います。
しかし遺族が同じものを頭の中に思い描いているとは限りません。
すこしずれている場合もあるし、全く違うものを見ている場合もあります。

そうすると、相手に自分の言いたいことが伝わらなかったり、
間違って伝わったり
最悪の場合、クレームにつながったりすることがあります。

例えば
葬儀屋さん側はお葬式が終わってから火葬するのが普通だと思っている場合
喪主さんが、お葬式の前に火葬をする地方の出身の方だったりすると
スケジュールの段階から話が噛み合わなくなる。

または
参列経験がなく、花輪しか見たことがない御遺族の場合、
祭壇の両側に生花ではなく花輪が並んでいる光景をイメージしている場合も
あります。

油断してると、
ああそういうふうに(私の話を)受け取られたんだ、
ってヒヤヒヤする経験が、何度かあります。

葬儀の打合せに限らず、日常生活でも起こりうる
ディスコミュニケーション(コミュニケーション不全)ですが、
お葬式の打合せの場合、売り手と買い手との情報量の差が大きすぎるので
ディスコミュニケーションのずれが激しくなりがちです。

葬儀屋さんには
情報を提供するだけでなく
遺族の誤解や勘違いのサインを察知し、修正する能力
が必要なのだと思います。


<2010年06月01日>記載