先日映画「エンディングノート」の試写会に行って参りました。
その感想です。

シネマトゥデイのサイトから一部抜粋



定年退職後まもなくガンを宣告され
余命いくばくもない実父の姿を記録したドキュメンタリー映画『エンディングノート』が10月に劇場公開されることが決定した。
本作は、映画『誰も知らない』などの是枝裕和監督がプロデュースを手掛け、是枝監督の助監督を務めた経験のある砂田麻美監督のデビュー作。
日本の高度経済成長期に熱血営業マンとして会社を支え、
退職後にステージ4の胃ガンに侵されていることがわかった父・砂田知昭を
主人公に、「家族の生と死」という重いテーマとは裏腹
に軽快なタッチで描かれたエンターテインメント・ドキュメンタリーだ。




そもそもこの試写会に申し込んだのは
過去自分がエンディングノートに関する記事を書いたことがあり、
また葬儀屋さんとしては
主人公はどのような葬儀をおこなったのか?
が気になったからです。

おそらくこの映画「エンディングノート」を見た多くの人が
「感動した」「泣けた」
って言うでしょう。

しかし私にとっては
「人は本当にこんなふうに死ねるもんなんだ」と考えさせられる
ショッキングなドキュメンタリー映画
でした。


この映画は
いくつかの要因(偶然?)よって奇跡的に成立しています。

次女が子供の頃からビデオを回すのが好きだったので
長期にわたる映像の蓄積があったことと
そのためカメラという異物の存在を登場人物が意識せずに済んでいること
その次女が映画監督になったこと
病院の緩和ケアがうまくいったこと
家族が愛し合っていること
それからこれが一番重要なのですが
このお父さんが(ニーチェの言うところの宗教を必要としない)「超人」であったことです。

亡くなる1ヶ月前に神父に入信したいとおっしゃっていますが
この映画を見る限り、
本気でキリスト教に救済を求めているようには見えません。
韜晦(とうかい)かもしれませんが、
「(キリスト教のお葬式は)コストがリーズナブル(だからキリスト教のお葬式をすることにした)」
と言っているくらい。
(このあたりははからずも仏教界に対する皮肉になっています)

お父さんは純粋に
家族愛だけ(家族に対する愛と家族からの愛)で死を乗り越えている

ように見えます。

エンディングノートを作成するという行為も家族に対する愛の一つでしょう。

亡くなる数日前に
「年賀状と喪中葉書を両方書いている」
「(自分の葬式は)香典辞退だけど供花は受ける」っていう話をする、
奥さんに初めて「愛してる」と言う、
「幸せです」とつぶやく、
というこれらのシーンは
「人は人生の最期をこんなふうに迎えることができるのか」と
私にとってはショッキングですらありました。

そして
孫が戯(たわむ)れる病室で奥さんが
「天国にいるみたい」
とつぶやきます。

だからプロローグとエピローグで流れる
カソリックの葬儀のシーンがあっさりしているのは納得できます。
だって本人とその家族にとって宗教とその儀式は
(グリーフワークという観点からは)
あまり重要な意味を持っていなかっただろうから。

人生に正解などない、
という至極当たり前のことを前提で言わせていただくなら
この主人公の人生は
「良い人生とは?」
という問いに対する模範解答になっている

のではないでしょうか。


ただ前述したように主人公の存在と、それをとりまく状況は非常に稀なケースであって、
残念ながらほとんどの人はこのような状況を望みつつも
手に入れることができません。

だからこそ、この映画「エンディングノート」は見た人の胸を打つし
だからこそ、多くの人が宗教や葬儀を必要とするのだと思います。

映画「エンディングノート」は
特に高度成長期を生き抜いた団塊の世代のお父さんに
見ていただきたい映画です。

2011年10月1日から公開です。

追記
映画「エンディングノート」のDVD発売が2012年5月25日に決まったようです。
(参照:DVD発売告知ページ
劇場で見逃した方はDVDでご覧下さい。


さらに追記
この映画のタイトルにもなっている「エンディングノート」は劇中では
付箋(ふせん)のTO DO LIST(やるべきリスト)として
提示されています。

実際の「エンディングノート」の選び方・書き方に関する記事も書いておりますので

エンディングノートの正しい選び方・書き方

興味のある方はこちらもご覧ください。


<2011年09月17日>記載