先日こんな本を読みました。

指揮者の仕事術


筆者は、指揮者になるため音楽の勉強をしていたが、音大に行かず、東大に合格。
そのまま大学院に進学し、東大初の音楽の先生になる。
でも世に出たのは、
執筆したノンフィクションが開高健ノンフィクション賞を受賞したから、
という多才な方。

さてこの本を読んで
指揮者って社葬の担当者に似てる
と思いました。

多数のスタッフに対し入念な打合せが必要で
それでも本番に不測の事態が発生するので
それを冷静に乗り切らなければいけない

という状況が、コンサートも社葬も似ているので
全責任を負う指揮者と社葬担当者が似てくるのも必然かと。

そのため指揮者に必要な
「何が正しい状態なのかをきちんと理解する
いま起きている事態が一体何か、瞬時に正確に判断する
最適の対処策を、演奏をストツプせず直ちに実行する」
という危機管理能力も、
当然社葬担当者にも求められると思います。
 
そうであるならば、
指揮者の育て方は、
社葬担当者の育て方にも応用できるはず。

ということで
指揮者を育てる有効な方法は
世界的に共通で

「修羅場を山ほど経験させる」


に尽きるそうです。

あー、やっぱりそうなるのね(^^;)

数日間、胃がキリキリとなっている葬儀屋の方、
なんかもう、しょうがないみたいですよ。(T_T)

言うことを聞いてくれないベテランの楽団員をいかにコントロールするか、
なんてところは、
あー、あるある
と思わず苦笑(^^;)

(追記)
浄土真宗の僧侶が御文(おふみ、蓮如の手紙)を読むとき左側に座るのは
ルターの、教会の音響に関する考え方と共通するものがあるとか
カソリック教徒であるベートーヴェンが、
第九交響曲の歌詞で「神々」という複数形の表現にしているのは
インド哲学の影響である
などという話も面白いです。


<2012年05月23日>記載