日本人の葬儀の服装(特に男性用)は
世界基準(プロトコル)と異なった変化をしている
つまり、間違っている

という意見をたまに耳にします。

例えばこれらの本の著者の方々(仕立て屋さんや服飾評論家)も
同様のことをおっしゃってます。

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その結果、雑誌や書籍によって、書かれている葬儀の服装のルールがまちまちで
読者を混乱させているように思います。

そこでこの問題を一度整理し
私の見解を述べてみます。

まず最初に
慶事(祝い事)と弔事(とむらい事)を含んだ
フォーマルウェア全般の世界基準
を確認します。

ルールは

1昼か夜か(18時を超えるかどうかが目安)
2慶事(祝い事)か弔事(とむらい事)か
3フォーマル度の違い (正礼服>準礼服>略礼服)

の組み合わせによって異なります。

一覧を書くとこんな感じ。

フォーマルウェア
(下線を引いた部分が欧米の弔事、つまりお葬式でも着用できるフォーマルウェアです。
個々の画像は下記のリンクを参照ください)

すごく乱暴な解説をつけるとこんな感じ
燕尾服・・・指揮者が着ているやつ
タキシード・・・ジェームスボンドがパーティで着ているやつ
モーニング・・・結婚式で花嫁のお父さんが着ているやつ
ディレクターズスーツ・・・これは日本ではほとんど見かけない。
ダークラウンジスーツ・・・濃紺か墨黒(いわゆるチャコールグレイ。黒に近いグレー)の地味なスーツ

このような現状に至った服飾の歴史については
ボリュームが多くなるので割愛しますが
参考図書を挙げておきます。

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一方日本で着用されるのは
黒の略礼服
のみ。
ブラックスーツですらなく、
「略礼服」というジャンルの衣服。
ネクタイを慶事は白、弔事は黒に替えるだけ。

例外的な事例としては
特に社葬の時に、喪主・葬儀委員長クラスがモーニングを着ることがありますが
(まれに通夜の時も着ている人がいますが、これは間違い。モーニングは昼間の服なので)
遺族・参列者の99%は黒い略礼服です。

この状況にいたる日本国内の経緯は、調べたところこんな感じ。

戦前

庶民の葬儀の正装は羽織袴か、白い和服

皇族が洋装を取り入れ始める

敗戦

和装から洋装へシフトする
白い服は汚れやすいので、困窮している国民にとっては負担になる

国内の衣服メーカーがネクタイを変えれば慶弔両方に使えるということで、
黒い「略礼服」というものを販売し始める。

定着する。
おまけにシングルよりダブルの方がよりフォーマルという誤った認識のため
ダブルの略礼服が多くなった。

こんな経緯です。


そもそも弔事のルールっていうのは、

ルールが存在することは一般の人も知っている
→でもお葬式の体験頻度が少ないのでどんなルールかは知らない
→ミスリード(間違った方向への誘導)を起こしやすい
構造を持っています。

そんなわけで、
日本の葬儀の服装は
衣服メーカーにミスリードされてしまったというのが実態。
(ただし
階級社会でもなく、戦後困窮していた日本人に
上記の世界基準を押しつけても、おそらく全ての服を用意するのはムリだったと
思いますが。)

売り手主導で日本だけの習慣ができあがったところは
バレンタインデーのチョコレートに似てますね。

そんなわけで、
このように感じる方がいます。
(ブログ記事:バブル期が再現される葬儀式場
また世界基準を御存じで「日本人の無知」に苦言を呈する人々、たとえば
前出の服飾評論家故落合正勝氏は
「葬儀には紺のスーツで参列することにしている」
とおっしゃっていましたし
仕立て屋の高橋純氏は
「ディレクターズスーツかチャコールグレイのラウンジスーツを着て参列したら」
という主張をされています。

さて、
以上のような状況を理解した上で
私の結論を申し上げると
「いや、それでも、葬儀の時は黒い略礼服でいい」
ということです。

理由は以下の2点。

理由その1

そもそもなんでこんな服装の決まり事が存在するか
ということを考えてみましょう。

それは
相手に対する「礼節」を重んじているから
です。
「礼節」とは礼儀と節度のことです。

では、重んじるその相手とは?

本来故人に対してという考え方もありますが、故人がすでにいないとなると
相手は目の前の遺族ですよね。

たとえば国内の葬儀に参列者としてディレクターズスーツを着ていけば、
遺族は「なにその服?」と思います。
それに対して「?」と思う遺族の方が無知で自分が正しい、という考え方は
目の前の遺族に対して礼節を欠いています。

弔事の場では参列者の個性やおしゃれやポリシーは
求められていません。

求められているのは遺族に対する礼節、葬儀の場合言い換えるなら「弔意」であり、
それを表現するためには
遺族の状況や心情を慮(おもんぱか)りつつ
同様に自分も心を痛めているという気持ちを表す服装である必要があります。

あくまで「遺族の感じ方」が服装の絶対基準になります。
遺族が「葬式では黒い略礼服が正解」と思っているなら
それが正解なのです。

もちろん
フォーマルウェアを生み出したイギリスの服飾文化への敬意も大事ですが、
(イギリスで行われるイギリス人の葬儀に参列するというシチュエーションでは
何が何でもモーニングかディレクターズスーツを着ていくべきでしょう。)
目の前の遺族への礼節と比較した場合、
後者の方が大切であると私は思います。


理由その2


そもそもタキシードはアメリカ人が流行らせたそうです。
(シャツに胸ポケットをつけたのもアメリカ人)
他国に伝わったことで服装が独自の変化をするのは良くあることです。

じゃあ、日本独自の変化も認められるのでは。

さらにこういう事例はどうでしょうか?

地方によっては参列者が額に天冠(通常故人が額に付ける三角の白い布)を
つけなければいけないところがあるそうです。
この土地では「額に天冠」をつけていくのが
参列者のフォーマルなスタイルなのです。

また
欧米のお葬式はキリスト教形式が多いですよね。
さて日本のキリスト教では「前夜式」という、
仏教でいう通夜に相当する儀式を行うことが多いです。
でも、欧米には「前夜式」というものはないそうです。
(欧米の夜の弔事用の服の選択肢が、ダークラウンジスーツしかないのも、
このことが一因だと思います)

神学部の教授になぜ国内では前夜式を行うか聞いたところ、
試行錯誤の中でキリスト教の儀式を日本流にアレンジした経緯があるとのこと。

儀式ですら日本流にアレンジされているのに、
それに付随する儀式の服装には欧米流を厳格に適用するって
バランスとしておかしくないですか?

原型から派生したその変化も、
(たとえ無知から生じたものでも)
一つの文化として尊重すべきだと私は考えます。

when in Japan, do as the Japanese do、ですよね。

以上が
「日本での葬儀の時は黒い略礼服でいい」
と私が考える理由です。


(追記)
ちょっと話がわきにそれますが
前述の高橋純氏は弔事の時にもポケットチーフをすべし、
とおっしゃっています。
たしかにジャケットの胸ポケット自体が
ハンカチを挿すために付けられたらしいので
おっしゃりたいことは分かります。

しかし私が以前
お葬式のポケットチーフは許されるか?
という記事で述べたように
ポケットチーフは挿すべきはないと考えています。


(さらに追記)

ただし葬儀屋さんはプロとして
葬儀の服装の正しい世界基準を知っておくべきだと思います。

たとえば制服のズボンの両サイドに黒い線(側章と言います)の入った葬儀屋さんを
火葬場で見かけたことがあります。
なんで、線が入っているの?と尋ねたところ、彼らは答えられませんでした。

おそらくこれはタキシードのデティールを模したのだと思います。

ではなぜタキシードにはこのような線が入っているのか?

.汽ぅ匹遼イぬ椶鮠辰靴進がよりフォーマルだから。
▲織シードは(というかメンズの服は)軍服を起源とするが、
サイドに線を入れると行進のときにきれいに見えるから
(北朝鮮の軍事パレードの映像を思い出してください)

という理由です。

こういった服装の関する基本知識は
プロである葬儀屋さんには必要だと思います。


<2012年06月05日>記載