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音のない花火 砂田麻美 (著)

音のない花火
音のない花火砂田麻美

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以前紹介したドキュメンタリー映画
「エンディングノート」
の監督さんが書いた小説です。
(参考記事:映画「エンディングノート」の衝撃

昨年(2011年10月)映画公開と同時に出版されていたのですが、
先日「エンディングノート」のDVDが発売されたので
それを機にこの本の感想を書いてみることにしました。


映画と同じく末期癌の父親とそれを見守る家族の話で
やはりどうしても
映画「エンディングノート」では描かれなかった部分を補完するルポ
として読んでしまいます。
映画では砂田監督自身は、
お父さんの内面を代弁する役回りだったので
この小説では、彼女自身が自分の内面を語っているんだろうなぁ、というふうに。

しかしこの物語はあくまで「私小説」の形を取っています。
どこまでが事実でどこまでが創作か判断がつきにくいところです。

読み進めていくと
お姉系の登場人物など
なんか吉本ばななの「キッチン」を連想させます。
といっても「キッチン」の内容を私ほとんど忘れておりますが(^^;)

深刻な状況をどこかコミカルに描くという点は
映画と共通するセンスですね。

さて葬儀屋である私としてはどうしても
自分の「専門分野」が気になるのですが
映画「エンディングノート」のレビューでも述べたように
やっぱり主人公を含めた遺族の気持ちの中で
葬儀と葬儀屋はちゃんと機能していないようです。

長期間故人を冷凍庫(という表現を文中では使っていますが、遺体を0度以下に下げることは通常ありません。遺体の状態を悪化させるので。正確には冷蔵庫です)に安置することで家族がもめるくだりで
「葬儀屋がお正月にドライアイス持ってきたくないから(冷凍しようとしている)」
という発言が出てくるあたり
担当葬儀社は砂田家に十分な説明を行わず
信頼関係を築くことに失敗しているようです。
(補足すると葬儀屋さんは盆正月関係なく出社するので、
正月だからうんぬん、という考えは間違いです)

何十体も安置しているようなところに面会に行く気になれない
と言っているところを見ると、
(遺族の同意を十分に得ないまま)火葬場の安置所に安置したのでしょう。

私は日頃からちゃんとした霊安室(付き添いの遺族が快適に過ごせる個室であることが必須条件)
を持っている葬儀屋さんは
良い葬儀社であると申し上げていますが
その点でもこの葬儀屋さんはダメだったのではないでしょうか。

ただ少し厳しい言い方をすれば、
故人は事前の「段取り」を重視していたのだから、
葬儀屋選びも、葬儀の事前相談も
もう少しうまくできなかったかなという気もします。

あ、でも実際に葬儀を行ったイグナチオ教会は
葬儀屋さんを指定しているのかな?

というかそれ以前にこれ小説なので、事実ではないのでしたね。
どうしてもこの小説って、ノンフィクションと混同してしまいますね。

ということは、
死亡届けを家族が役所に持っていくくだりを最初読んだときに
そこは葬儀屋が代行してやれよ、
と私は思ってしまったのですが
この部分が結末への伏線になっているところをみると
これも創作の可能性がある、ということでしょうか。

総評として
あまりに映画エンディングノートの完成度(というか衝撃度)が高いため
この小説「音のない花火」はあまり話題になっていないような気がしますが
小説単体として見ても良くできていると思います。

あの映画はお父さんのキャラをはじめとして、
いくつかの要素によって奇跡的に成立している映画だと思うので
監督としての砂田さんの技術というものが私にはよく分かりませんでした。

しかしこの小説を読むと、砂田さんの小説家としての確かな技術を感じます。

あの傑作映画を作り出した時点で、
ビジネスとしてはこの本を出す必要があったとも思えず
(執筆の大変さと印税収入の厳しさを考えるとあまり割に合うとは思えない)
そのあたりの動機が謎なのですがもしかすると、
この小説を書くという行為を通して自分の内面を描くことで
砂田さんは自分自身のグリーフワークをしたかったのではないか

と私は勝手にそう思っているのですが、
どうでしょうか?



<2012年06月13日>記載