私が渋谷陽一氏の名前を初めて知ったのは
中学の時ピンクフロイドのLPレコードのライナーローツを読んだときだと思う。

その時は、かなりのベテランなのか、と思ったんだけど
彼は学生時代から音楽評論家として第一線でやってきていたので
実年齢を知った時は意外と若くてびっくりした記憶がある。

だから今彼が61才だと知って、もうそんな歳なんだなぁ、と逆にしみじみ思う。

で、先日ツィッターでも取り上げたこの記事。


残念だ。

彼に私の言葉は届かないだろうが
書いてみる。

 「今日と明日をどう生きるか考える」ためには、ゴールがどこにあるのか
見えていないと到底前には進めない。
あなたは雑誌の発売日という締め切りが見えているから、
今日明日の編集作業ができているんじゃないのか?

それから彼はエンディングノートを書くことを「葬式ごっこ」と批判する。 
 
誰もが死を経験するのは一度きり、それも人生の最後においてだから、
そもそもごっこでしか、生きている間は死に近づけない。

だから「葬式ごっこ」でいいのだ。

残される大切な人のために「ごっこ」だけでもしておこう、
と思うのは素晴らしいことだ。

ごっこだとあざける者が実は最も死を恐れている。
恐れるのは構わない。
ただそれを認めようとしないのはみっともない。

渋谷氏は
年老いた男性知識人に多い、死について強がったことを言っていい気分、
な人なのだと思う。

近づきつつある死という現実を直視できないチキンハート(臆病者)が
虚勢を張っているに過ぎない。

このブログを読んでほしい。
彼の葛藤を「ごっこ」だと笑えるのだろうか?
ごっこでなきゃ、とても耐えられるもんじゃない。

「葬式ごっこ」のど真ん中に死のリアルがあるのだ。  


<2013年01月05日>記載