今回ご紹介する本はこちら。

死後のプロデュース (PHP新書)
以前
金子 哲雄「僕の死に方 エンディングダイアリー500日」
という記事を書きました。

その金子氏の奥様が書いた本です。
金子氏の死に対する回想記と後日談で構成されています。

前回の記事でも書いた疑問
どのように葬儀社を選んだのかについては
この本でも分からずじまいでした。
金子氏が生死をさまよって持ち直した直後に
葬儀屋さんを呼んだようです。
なにぶんそのような状況だったのでじっくり葬儀社を選ぶ余裕は
なかったのでしょう。

さて本書を読んでいて、
金子氏の葬儀を担当した葬儀社の対応に
同じ葬儀社の人間として、首をかしげるところがありました。

奥様がその葬儀社に満足しているのであれば
私が水を差すようなことをとやかく申し上げるべきではない
とは思うのですが
しかしどうしても引っかかったので、言わしてください。

(34P〜)
金子氏は自分の遺影写真として
手でOKマークを作っている笑顔の写真を用意していたようなのです。
(本書の帯に載っている写真だと思います)
しかし
一周忌や三回忌にも遺影として使うことを考えたら
この写真は(ふさわしくないので)葬式でも使うのをやめといたほうがいい
と葬儀社がアドバイスし、
奥様はそのアドバイスを受け入れ、
別の写真を使うことになったようなのです。

この本の記述を読む限り
この葬儀社はなぜそんなことを言ったのか理解に苦しみます。

最近遺影写真の自由度は上がっていますし
むしろ金子氏らしい写真だと思います。
なにより金子氏本人が望んだわけですし。
遺影というのは、おそらく本人の思い入れが一番深いところだと思うのですが。

もし一周忌や三回忌の段階で使うことに抵抗があるのなら
その時に別の写真原稿で遺影写真を作り直せばいいだけの話です。
その程度のアドバイスはプロである葬儀屋が行ってしかるべきです。
写真に限らず、故人や遺族の意向に対して
葬儀屋の価値観でとやかく言うのは
葬儀屋として慎むべき行為であると私は考えます。


<2013年07月26日>記載