いつの間にか全葬蓮(葬儀屋さんの業界団体)が
宣伝用ショートムービーを作成していました。
 

(2014年10月7日:↑削除されたようなので
こちらからどうぞ)



正直、ダメだと思います。

・演出のテンポ悪いです。3分はいりません。 

・葬儀屋役の演出が気持ち悪い
やさしそうとか知徳がありそうな人物、
の演出を目指したのかも知れませんが
ダウナー系のクスリやっているようにしかみえないんですけど・・・

・娘の亡くなり方が唐突。
あっ、と思わせる演出のつもりなのかもしれませんが、
見ようによっちゃ、「自殺」っぽいですよね。
その前のウエディングドレスのシーンで、
余命幾ばくもないってことを匂わせているのかも知れませんが
それにしては旅行したり、友達とはしゃいだり元気そうだし。
演出側はどういう解釈を望んでいるのでしょう。

実際のエピソードの再現映像ならともかく
創作で、それも葬儀屋が作らせた作品で
ウエディングドレスネタをやるのは
陳腐というか、恥ずかしくないのかと。
 
・YouTubeの全葬蓮アカウント上では
【感動CM】と銘打っています。
私は、葬儀屋が遺族のエピソードに便乗して軽々しく感動なんて言うな!
と考える人間です。
(参考記事:「感動葬儀」はいらない
全葬蓮と制作者はこれを「感動」だと思っているのかな。

あなたたちには
いしかわじゅんの著作から
この言葉を贈りたい。

秘密の本棚―漫画と、漫画の周辺

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ぼくは、いわゆる反戦漫画とか戦争漫画を、
あまり好きではない。だから、あまり読まない。
それは、その多くが、苦しいと描いてしまうからだ。
痛いと、辛いと、悲しいと描いてしまうからだ。
現実の大きさに甘えて寄りかかり、
表現することから逃げてしまっているものが多いからだ。
大きな事件があって、それを克明に描いていけば
物語の形にはなる。傷を負って痛いと描けば、
痛みはわかる。愛する人を失って悲しいと描けば、
もちろんそれは伝わる。

しかし、それは表現ではない。

常にリアルな死を見てきているはずの
葬儀屋が作らせておきながら
ゴールデンタイムのドラマのレベルで
安っぽく死を描いてはだめでしょう。

 「誰かを死なせる」だけなら、それは最もお手軽な表現です。
だからそれを使うときは、ましてや葬儀屋が使うときは、
よっぽどの覚悟が必要だと思うのです。

全葬蓮にはその覚悟があったのでしょうか? 


<2014年07月13日>記載