以前
という記事を書きました。

葬儀業界に新規参入した篠原豊氏の主張と
それを持ち上げるイケダハヤト氏はいかがなものか
という内容です。

今回またイケダハヤト氏が
葬儀業界について語っています。
 
「葬儀費用に300万円」なんて時代は終わりです:「シンプル火葬」が着々と社会を変えている件

事実誤認をしていることと
誤った偏見を葬儀業界に持っているようなので
正しておきます。

上記の記事でイケダハヤト氏は篠原氏のサービスを絶賛しています。


前回の記事の「葬儀業界はブラックだから刺されそう」というイケダ氏の発言内容からも分るとおり
もともとイケダ氏は葬儀屋に対して職業差別的な偏見をもっており
篠原氏の言うことを鵜呑みにし
誤った認識を増長させているのではないか
というのが私の推測です。 

もちろん今以て葬儀業界には
改善しなければいけない点が多々あり
それが出来なければ葬儀業界に明日は無いと思っています。

しかし間違った意見に対しては
反論せねばなりません。

記事の後半でイケダ氏は

ぼくも昨年、祖父を亡くしてようやく葬儀の意味がわかりました。 
と述べています。
つまり葬儀の体験をするまで葬儀の意味が分らなかったということです。
 ネット上での彼の影響力(月間100万PV以上の人気ブロガー)と、
ネット上の読者の中に葬儀の実体験がなくリテラシーが低い人がたくさんいることを考えると
ちゃんと反論しておくべきだと考えました。

では事実誤認の訂正から。

まずタイトル。
 「葬儀費用に300万円」なんて時代は終わりです 
悪いけど終わりもなにも、そんな時代はこれまで一度もありません。
長年葬儀屋さんをやってきた方なら分ると思いますが
葬儀費用の平均が300万円を越えたことなどないのです。 
都内平均313万円と言われる葬儀費用
「言われる」というように主語のない受動態で数値を語っている場合は
疑ってかかる必要があります。
出典はどこでしょうか?
おそらく日本消費者協会のデータではないかと思います。
(関東Bの葬儀費用の合計のところ) 
これが出典だとすると
都内ではなく、東京・神奈川・埼玉の数値ということになります。
そしてこれは10年前の第7回(最新は第10回)のデータです。 
そして何よりこの日本消費者協会のデータはデタラメです。
詳しくは
マスコミが報道する葬儀費用のウソ(日本消費者協会編)
この記事を参照願います。
毎年このエリアでは30万件前後のお葬式が行なわれているにもかかわらず、
このアンケートの葬儀費用の回答者は30人〜40人くらいしかありません。
さらにその回答者の半数以上が、お葬式の費用を実際に支払ったことのない人達なのです。
こんな信用できない統計値を持ち出してことさら葬儀屋が儲けている
というようなミスリードはしないでください。 
シンプル火葬を使うと22.8万円(税抜き)まで抑えることができます。
そして同じような物品と役務を比較しているならともかく
一般的な葬儀と直葬の価格を比較するのはフェアではありません。
急いで銀行に行って故人の口座から100万単位で葬儀費用を引き落とす必要はありません。 
必要ありません、じゃなくてこれはただの違法行為です。
(参考記事: プレジデント「介護・葬式・墓 賢い選択50」の問題記事


次は誤った偏見に対する意見です。

シンプル火葬が、「葬送」をもっと豊かにする
とのご意見です。

確かに私も火葬だけの式でも素晴らしいお葬式だった経験を何度もしています。
(参考記事:直葬をするときのコツと注意

社会性の部分はどうするのか、という視点は置いといても
みんながやっているから、ではなく
良く考え抜いて自分なりの葬送の形を追求するのは
良いことだと思います。

その意味では後半の内容は頷ける部分が多々あります。 

しかしイケダハヤト氏の頭のなかには、「葬儀」と言えば
・悪い葬儀屋がボッタクっている「普通の葬儀」

良心的な葬儀屋が行なっている「火葬のみ」
という二つの選択肢しか存在していないかのような印象を受けます。

そして仮に火葬のみが良いとして
なぜ 篠原氏のサービスがその中で特に優れているのか
私には理解できません。

こういう背景かもしれません。
ブランドコンテンツ(記事広告)販売中:5万円でイケダハヤトが取材に行きます
つまり広告記事です。
(↑イケダ氏から広告記事ではないとの連絡がありましたので訂正いたします)
 
ネット集客からの直葬という篠原氏のビジネスモデルは
むしろかなり後発で、いまさら感が強いのです。
決定的な差別化ポイントが分りません。
直葬は10年以上前から一般化しており
同様のサービスなどいくらでもありますし、
もっと安い価格で行なっているところもあるでしょう。

それから
もしかするとイケダ氏は
直葬においてサービスのクオリティは必要ないとお考えなのかも知れません。
しかし実はシンプルな分、
直葬は葬儀スタッフのレベルが普通の葬儀より大切になってくるのです。
私にとって篠原氏のサービスは、
そのあたりもよく分からないのです。

そして最後に最も申し上げたいことは
(葬儀屋に対する賤民意識に乗っかって
 扇情的に大衆に訴えたいのかもしれませんが)
葬儀屋を形容するときに「ぼったくり」という言葉の選択は
適切ではないということです。

葬儀業界ほど規制が無く自由競争を行なっている業界は
(良くも悪くも)実は珍しいのです。
規制やら業者間の談合やらで
競争がゆがめられることはないのです。
だから仮にボッタクリ葬儀屋がいたとしても 
消費者が事前に正しく比較検討して良い葬儀屋を選んでおけば、
最善のお葬式が行えるのです。
(参考記事:葬儀業界と葬式仏教界の競争原理の違い 1/2
 
それができない人が多いのは 
葬儀のことを考えないまま、その時を迎え
情報が無かったり、時間が無かったり、精神的に不安定な状況で
葬儀という商品を買わなければいけないからです。

かつて私が学生時代、父のお葬式を執り行ったときがそうでした。

父が亡くなるということを考えたくなかった自分は
実際に父が亡くなるまで葬儀のことを考えようとしなかったのです。
(参考記事:父の葬儀の思い出とその周辺の記憶

事前に葬儀のことを考えることから逃げるということ
準備の行き届いた最善の葬儀を行なうということは
残念ながらどうしてもトレードオフの関係になってしまいます。

葬儀のことから逃げずに向き合って最善の葬儀を行なうか
悪い葬儀屋にたくさんお金を払うリスクを増大させてもいいから
いざというときまで葬儀のことを考えずにおくか
これは消費者の選択の自由です。
とやかく言うつもりはありません。 

問題なのは葬儀のことを考えないでおいて責任の所在を
葬儀屋がボッタクリで悪い奴だから
ですませる態度です。

誤解を恐れずに言えば
ボッタクリ葬儀屋が生き延びているのは
消費者にも責任があると思うのです。

葬儀業界をぼったくり、とひとくくりにして葬儀屋を叩くのは
葬儀屋に対する不当な評価であるだけでなく 
結果的に消費者のためにもなりません。

厳しいようですが
悪い葬儀屋さんを市場から追い出す唯一の手段は、
消費者が良い葬儀屋さんを選ぶ以外にない
のですから。


<2014年07月28日>記載