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市場原理の残酷さ




最近又、ぽつぽつどこそこの料理屋さんが潰れたとか
どこそこの返礼品屋さんが潰れたとかいう話を聞きます。

私が葬儀屋さん3年目のことだったと思います。
ある取引先の返礼品屋さんの訪問を受けました。
社長さんと若い(といっても私より年上)社員の方でした。
その時は上席の人間がまったくおらず、
というか挨拶なら本社に行くべきで、一営業所を訪問するというのが
そもそもおかしいのですが、
やむを得ず私が応対することになりました。
対談

話の内容はつまり「ウチの商品をお願いします」ということ。
とはいえ、この会社はいくつかある取引先の一つで
遺族との打合せでは、迷っている場合にはアドバイスしますが
担当者の嗜好を押しつけたり、特定の商品に誘導したりはしないので
正直お願いされても困る、という気持ちでした。
それにどう見たって大学出たてでございます、っていう社員に
そんなに必死に土下座しかねない勢いで頭を下げるっていうのは
労力の使い方を間違えてはいまいか、とその時は思ったのです。

それから2ヶ月後、その会社が潰れたことを聞きました。

こんな若造に頭を下げるしかなかった彼らの気持ちを思うと
今でも胸が痛む、
という表現を使うのは現在の私の年齢を考えるとナイーブすぎますが、
ちょっと苦い感情が今でも残っています。

葬儀の規模が縮小化している以上、
参列者数の影響を受ける産業が衰退するのは当たり前であり
市場からの退場は需給バランスの当然の帰結、
と頭では分かっていながら
それで全て良し、と思えないのは
このときのことが思い浮かぶから。











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