前回の記事
建築家 隈 研吾が自爆している件
に書ききれなかったのでおまけとして追加。
パッケージ

冠婚葬祭が、自分の役目を果たす場ではなくなっています。

隈:あと今の人って、「個人的にあなたのために特別な葬儀をやって差し上げます」というのは、あんまり望まないで、人と同じようなパッケージの方にかえって安心するんじゃないでしょうか。

隣人と同じような家、同じような持ち物、同じような人生、そして同じような葬儀。

隈:例えば親が亡くなった時に、世間に流布するパッケージでちゃんと処理できれば、誰からも文句を
言われないだろうし、安心する。 
これも間違い。

隣人と同じ葬儀だったのはむしろ昔の方。

現在は
・経済格差(≒葬儀にかける費用が各家庭によって異なる)
・信仰心の希薄化(宗教的束縛を受けない)
・地縁関係の希薄化(地元の共同体のしきたりの束縛を受けない)
等の理由により、葬儀は多様化しています。

大衆はバカだと思っているインテリが専門外のことを上から目線で言ってしまって
間違える、というのはよくある光景ですがちょっとイタいと思います。


<2015年01月13日>記載