最近高齢者の読者層を意識して
著名人が自分の葬式を語る
っていう企画が多いですね。

それに関してツッコミ系の小ネタです。
大谷氏の印象としては、先に左翼的結論ありきでしゃべろうとするので
保守派の論客を相手にするとボコボコにされている人、といった印象です。
要はあまり論理的でない人ってことでしょうか。
昔はここまでひどくなかったと思うんですが・・・
墓
 
弔問客がたくさん来れば来るほど、お客さんに対していき届かなかったのではと後悔が残る。
→ごく内輪で執り行ったおふくろの葬式は、一切後悔が残らない清々しいものであった。
 ぼくもおふくろの時のように密葬でいく。間違っても偲ぶ会とかはやってくれるな。会に参列する人間を選ぶだけで、必ずややっこしいことになるし、カネもかかる。
たくさん弔問されると対応が行き届かない→後悔が残る→だから呼ばない
っていう論理展開はおかしくないですか?
丁重に扱ってもらえないなら参列しないよ、
って弔問者側が思うんならこの考え方は成立しますが
そんな人いないでしょう。
お葬式が終わってから、参列したかったのに・・・
と言われてしまう方が後悔が残ると思います。
この論理には他者の視点が抜けてます。

そのくせ
ぼくが逝ったら後日、挨拶状に墓の場所を記しておく。墓にはウイスキーを置いておくから後は勝手にやってくれ。ウイスキーグラスを片手にたばこをくゆらせ、語り明かしてくれればそれでいい。それがぼくにとっては最高の供養である。

墓前に備えられた外に置きっぱなしのウイスキー飲まなきゃいけないわ、
夜中じゅうずっと墓場でしゃべってなきゃいけないわ、
ただの罰ゲームなんですが(^^;)
それだったら普通に葬式呼んでくれ、思う人がほとんどでは。

もちろんお葬式のスタイルは個人の自由です。
でも大谷氏の考えは現実的じゃない。
男性文化人ってこういうケース多いんですよね。
女性は大体現実的なのに。 


<2015年02月13日>記載