担当2〜3年目の若手がお葬式の担当を終えて事務所に戻ってきて
満面の笑みで話し始める。

彼は打合せのヒヤリングの際、
故人の誕生日が近いと聞いて
通夜の席で誕生日ケーキをサプライズで用意したらしい。

「遺族がすごく喜んでくれて」

うん、確かにそうだろう。
 ケーキ
でも私はこんなことを考える。
たとえ的を外していても
担当者は善意でやっているわけだから
その行為ではなく善意に対して 
遺族はうれしいと言ってくれるだろう。
たとえそれが担当者のマスタべ−ションであったとしても。

自分の父の葬儀の後、
今から考えるとそれほど良くなかった葬儀担当者に
御礼の手紙を書いたことのある自分はそんなふうに思ってしまう。

そういう演出(あえて演出と呼ぶ)が日々の業務のモチベーションになっているのなら、
否定する気は毛頭ない。
 
だけどよろこんでくれたからと言って額面通り受け取っていいのか
なんかそれって無邪気すぎないか
無邪気さゆえの残酷さはないか
もしかしたら自己満足かもしれないと疑うたしなみは必要ではないのか
それとも若いうちはむしろそれくらいでいいのか
遺族を経験してからこの業界に入った自分にはそんな純粋な季節が全くなかったから妬んでいるのか?

こんなことを考えてしまう自分はやっぱり老害なのだろうか。


<2016年04月25日>記載