今回ご紹介するのはこの本。
「いいお坊さん ひどいお坊さん」勝桂子
いいお坊さん ひどいお坊さん (ベスト新書)[Kindle版]

勝桂子 ベストセラーズ 2016-07-01
売り上げランキング : 3775
by ヨメレバ

良書です。


文中ではこんなふうにかなり厳しいこともおっしゃっています。

しかも、それが実は「明治政府の教え」であって、本来の宗教的教えからくるものではないという違和感。政府に言われるがまま、あるいは「先代もそうだったから」となんの疑問も持たずに当然のように肉食妻帯をし、「修行をした」、「出家である」と主張して呪文のようなお経を唱え、わずか数十分で一般の人が一ヵ月働いて得るほどのお布施を持つていくから、その存在意義を理解されにくくなっているのだ

しかし一方で
日本人は無宗教、宗教離れ著しいと言われながら、金ピカのお堂に違和感をおぼえ、和尚がお金の話をすると胡散臭いと感じている。  つまり、多くの日本人は今も、正しい宗教意識を持っている。僧侶に計算高くあってほしくはないと考えている。つまりは、半分諦念しながらも、本来の宗教が持つ力を諦めきってはいない
こんなふうに批判にも基本「愛」があるので
嫌な感じは全く受けません。
だからこそ著者はお寺のイベントにも呼ばれているのでしょう。 

ただし本のタイトルで損をしています。
このタイトルでは二項対立の単なる生臭坊主批判本のような印象を与えています。
もちろんそういう内容ではなく 
むしろ著者の基本姿勢は中道です。

それから肩書きも行政書士とFPというだけの説明では
「なんで坊主について語る?」という違和感を生みそうです。
このページにあるように
国際基督教大学社会科学科で仏教思想史専攻
という学歴を入れておいたほうがよかったかも。
経歴を深読みされることは本意では無いかもしれませんが
そうすることで著者の仏教思想に詳しいんだけど、比較宗教学的な引いた視点
を持たれている理由がより明確に分かるような気がします。
あと(特に前半の)修辞の使い過ぎは逆効果だと思いますが
前職が雑誌記者と聞くと、個人的には納得できます。
いいお坊さん

おもしろいと思った視点は
宗教心の薄さと
子供に迷惑をかけたくない(から葬儀無用)
という思想は若年化が進んでいるのではなく
60才代〜70才代の世代独特のものではないか、という考察。
(NHKのデータを引用して)
お守り・おふだの力を信じる割合は、若年層のほうが六十歳以上の倍になっている。つまり、現在の喪主世代だけが、お守りやおふだの力を信じない世代であったとみるほうが正しい
彼らはなぜ、「迷惑をかけたくない」と言うのだろうか。  戦後とはいえ、長男重視の家長制度の名残があって社会の枠組がハッキリしていた時代の「選べなかった不自由」を知る彼らにとっては、苦心の末に勝ち取られた「選べる自由」は尊く、「決して侵してはならないもの」だからではないだろうか。  息子や娘たちが時代の流れによって勝ち得た「選べる自由」を、自分たちが奪ってしまうわけにはいかない。だから、墓参りや面倒な寺とのつきあいといった形骸化した習慣を、あとの人たちに「押し付けたくはない」ということになる
この視点は説得力がありました。
とはいえ若年層が信仰心がを持っているとしても、貧困状態にもなりつつあるわけで
葬儀をやりたくてもやれない状況を招いているかと思うと
なかなか楽観的にはなれないところです。 

さてほめてばかりでも私らしくないので(^^;)
最後に反論したいところが一つ。
懸念しなくても、人々の悩みに耳を傾けることなく放蕩三昧している僧侶は、早晩淘汰されていくだろう
ここは改葬したくてもできない人達がいるわけで、この自由競争が効かない状態では
ちょっと楽観的にまとめちゃったなという気がします。
(参考記事:葬儀業界と葬式仏教界の競争原理の違い 2/2

とはいえこれまで読んだ仏教界批判系の本の中では一番ではないでしょうか。 
お勧めです。


<2017年03月13日>記載