前回なぜ葬儀屋は嫌われるのか? 2/4の続きです。
今回は葬儀屋が嫌われる2番目の理由
「葬儀屋は穢(けが)れている」の解説から始めます。

日本の歴史的経緯から考えるとデリケートな問題なのですが、やはり避けて通れないですよね。

穢れの定義に関しての詳しい説明は日本版ウィキペディアを見てもらうとして

やっぱり「死」と「遺体」を扱うということの生理的嫌悪
は日本人の根底にあると思います。

私の場合はこの仕事を始める前から両親が鬼籍に入っていましたから、死や遺体への嫌悪感っていうのはなかったですね。
そもそも死んだら急に気味悪がられるって、亡くなった本人からしたら悲しいじゃないですか。

でも親戚に「葬儀社に就職決まった」って言ったら嫌な顔されました。

この問題に理屈で反論することは簡単なんです。
多分嫌悪している方も、良心の呵責(かしゃく)や理屈に合わないということは感じていると思います。
「生理的」な問題だから、難しい。

残念ながら穢れの思想っていうのは、なくならないのではないでしょうか
長年日本の文化の中に根付いてきたものですから、そうやすやすとはなくならないと思います。

それから、葬祭業=穢れの仕事、という構図が
→葬儀屋なんてやりたくない
→供給側の人材不足
→葬儀屋の給与を押し上げている(経済学をかじった方は需給曲線を頭に描いてください)
と思えば仕方ないし、多少なりとも葬儀屋が我慢すべきなのかなというのが私の意見です。
漫画「バガボンド」の中で「俺の真実があれば(いい)」というセリフがありましたけど、自分のやっていることに信念があればそれでいいと、思っています。

次は葬儀屋が嫌われる理由 4/4
頭が悪いくせに稼いでいる
です。


<2009年04月25日>記載