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葬儀に関する情報の危うさとビジネスチャンス




先日、後輩から話しかけられました。
「あの、葬儀のポケットチーフって日本人はしない方がいいらしいですよ」
「ああ、そうだけど、どこで調べた?」
「検索したらこのブログを見つけて・・・」
PCのモニターには私のブログのページが・・・

あと、その後輩が持っている葬儀のしきたりに関する本は、私がライターさんに取材協力したものだったりします。

このように葬儀に関する情報を調べてみると、意外とマッチポンプであることが、多いのです。
情報が「自分」レベルでぐるぐる回ってます。

情報が不足して人々が不安になっているところに、それらしい情報を与えると、瞬く間に広がってしまいます。
正しければいいんですけど、間違っているとやっかいです。
極端な例で言うと、関東大震災の時に、井戸に毒がなげこまれたっていう類のものですね。
葬儀に関する情報ってこの傾向が強いんではないでしょうか?

一方でみんなの意見は案外正しいという考え方もありますね。
インターネット上で集められた意見(集合知といいます)は結構正しいという説です。
ウィキペディアに対する信頼性の根拠になってます。

でもインターネット上の葬儀の情報に関してはまだまだ集合知っていうほどのレベルには達していないかな、という印象です。
さすがに宗教知識に関する情報は信用できますが、それ以外の情報(葬儀式場のデータとか、葬儀費用とか)は間違った情報がマッチポンプでぐるぐる回っている感じです。
例:マスコミが報道する葬儀費用のウソ
このへんはちょっと危険かなと思います。

一方、同じ理由で葬儀に関する造語の類も広まりやすいと言えるでしょうね。
家族葬・直葬などにはじまる○○葬の表現など。
もうすでにずっと前からあったかのようです。

コピーライター的センスがあれば、結構先駆者になれるんじゃないでしょうか。
商標登録したりしてね。
ビジネスチャンスがあるかも、って考えています。











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